前回の記事では、幹細胞培養上清液とは何か、そしてPRPとは何が違うのかについてお話ししました。
今回は一歩踏み込んで、
「股関節への幹細胞培養上清液について、医学的にどこまで分かっているのか?」
を考えてみたいと思います。
最初に結論をお伝えします。
幹細胞培養上清液には、変形性関節症に対して期待される作用を示す基礎研究・動物研究があります。
しかし、現時点では、
人の変形性股関節症に対して「効果が確立した標準治療」と言えるだけの臨床データはありません。
この「期待できる可能性」と「まだ証明されていないこと」の両方を理解することが、この治療を考えるうえで最も重要だと僕は考えています。
この記事で分かること
- 幹細胞培養上清液でどのような作用が研究されているか
- 基礎研究と人での臨床研究は何が違うのか
- 股関節でどこまでデータがあるのか
- 軟骨再生を期待してよいのか
- 安全性について何が分かっているのか
- PRPや手術とどう使い分けるのか
- 当院がなぜメリットだけでなく限界も説明するのか
そもそも、なぜ幹細胞培養上清液に期待が集まっているのでしょうか?
幹細胞を培養すると、細胞は周囲へさまざまな物質を分泌します。
その中には、サイトカイン、成長因子、ケモカイン、タンパク質、脂質、細胞外小胞など、多くの生理活性物質が含まれる可能性があります。
近年、幹細胞治療の作用は、幹細胞そのものが組織へ変化することだけではなく、幹細胞が周囲へ分泌する物質による「パラクライン作用」も重要なのではないかと考えられるようになりました。
そこで、細胞そのものではなく、細胞が分泌した物質を含む「培養上清液」を利用できないか、という研究が進められています。
現在、どんな作用が研究されているのでしょうか?
変形性関節症に対する研究では、主に次のような作用が検討されています。
1.炎症反応への作用
変形性関節症は、単純に「軟骨がすり減るだけ」の病気ではありません。
関節内では、滑膜炎などの炎症反応も関わっています。
幹細胞由来secretomeを用いた基礎研究では、炎症に関係するサイトカインや免疫反応へ影響する可能性が報告されています。
脂肪由来間葉系幹細胞のconditioned mediumについても、動物の変形性関節症モデルで炎症や痛みに関連した反応への影響が研究されています。
ただし、これはあくまで研究段階です。
「炎症を完全に止める治療」と理解するのは適切ではありません。
2.軟骨細胞への作用
細胞実験や動物研究では、幹細胞由来secretomeが軟骨細胞の生存や増殖、細胞老化などに影響する可能性が報告されています。
ここだけを見ると、
「では、培養上清液を注射すれば軟骨が再生するのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、細胞培養皿や動物で起きた現象が、そのまま人の変形性股関節症でも起こるとは限りません。
現在、人の股関節で傷んだ軟骨を元通りに再生できると証明された治療ではありません。
3.痛みに関係する作用
脂肪由来間葉系幹細胞のsecretomeを使った動物研究では、変形性関節症に伴う痛覚過敏や神経炎症に対する作用も研究されています。
これも非常に興味深い研究分野です。
しかし、やはり「動物で痛みが改善した=人の股関節痛にも同じように効く」とは言えません。

「基礎研究で効果がある」と「患者さんに効果がある」は違います
ここは、とても重要です。
医学研究には段階があります。
例えば、
細胞実験 → 動物実験 → 少人数の臨床研究 → 比較試験 → 大規模な臨床試験
というように、少しずつ確認していきます。
幹細胞培養上清液については、現在のところ、変形性関節症に対する研究の多くが基礎研究や前臨床研究です。
2025年に報告されたシステマティックレビューでは、secretomeについて、軟骨細胞の生存、炎症、線維化、関節の硬さなどに対する有望な結果がまとめられています。
一方、その研究者自身も、人の関節での安全性と有効性について、さらなる研究が必要としています。
人への臨床研究はまったくないのでしょうか?
少しずつ出始めています。
2026年には、膝の変形性関節症患者さん10人に対して、臍帯由来間葉系幹細胞のconditioned mediumを関節内投与した小規模研究が報告されました。
この研究では、痛みや機能を評価するスコアの改善などが報告されています。
研究が人での治療へ進み始めているという意味では、非常に興味深いデータです。
ただし、ここで重要な点があります。
この研究は、
- 股関節ではなく膝関節
- 対象は10人
- 臍帯由来の製剤
- 週1回、計5回の投与
という研究です。
したがって、
「膝で結果が出たから股関節でも同じ」
「臍帯由来で結果が出たから脂肪由来でも同じ」
「5回注射した研究だから1回でも同じ」
とは言えません。
これが医学的なエビデンスを読むときに、とても重要なポイントです。
幹細胞そのものを使った研究と、培養上清液の研究も別物です
もう一つ、よく混同されることがあります。
「脂肪由来幹細胞の研究で効果が出ているなら、その培養上清液も同じでは?」
という考え方です。
しかし、これは同じ治療ではありません。
実際、脂肪由来間葉系幹細胞そのものを膝関節へ投与する臨床試験では、改善を報告した研究がある一方、2025年に発表されたプラセボ対照試験では主要評価項目で有意な改善を示さなかった研究もあります。
つまり、細胞治療そのものについても結果は一様ではありません。
まして、
「幹細胞そのもののデータ=幹細胞培養上清液のデータ」ではありません。
治療法ごとに評価する必要があります。

では、股関節に対するエビデンスは?
ここが今回の記事で一番お伝えしたいところです。
人の変形性股関節症に対して、脂肪由来幹細胞培養上清液の関節内注射を評価した質の高い臨床研究は、現時点では非常に限られています。
そのため、
- どの程度の患者さんに効果が出るのか
- どの病期が最も適しているのか
- どのくらい効果が続くのか
- 最適な投与量は何mLなのか
- 1回でよいのか、複数回がよいのか
- どの間隔で投与するのがよいのか
- PRPより優れているのか
- 人工股関節までの期間を延ばせるのか
について、確立した答えはまだありません。
当院では股関節へ1回3mLを注射します
当院では、適応があると判断した患者さんに、幹細胞培養上清液を1回3mL、股関節内へ注射する方針です。
ただし、この3mLという量についても、誤解してほしくありません。
「3mLが世界的に証明された最適量」という意味ではありません。
当院で使用する製剤と治療プロトコルに基づいて設定している投与量です。
今後、臨床研究が増えれば、より適切な投与量や投与回数が明らかになってくる可能性があります。
安全性についてはどこまで分かっていますか?
幹細胞培養上清液には生きた幹細胞そのものを含めない、という特徴があります。
しかし、
「細胞が入っていない=リスクがない」ではありません。
製剤の品質は、
- 使用する細胞の由来
- 培養条件
- 製造工程
- 精製方法
- 保存・輸送方法
- 品質管理
などによって異なる可能性があります。
また、関節内注射として、感染、出血、注射後の痛みや腫れなどのリスクがあります。
厚生労働省も、幹細胞培養上清液やそこに含まれる可能性のあるエクソソーム等を用いた医療について、実施する医師の責任のもと、特に安全性へ留意するよう周知しています。
また現時点で、エクソソーム等について、有効性・安全性が示され薬事承認を得て製造販売されている医薬品はないとされています。
だからこそ、新しい治療ほど、
「何が入っているか」だけでなく、「どのように作られ、どのように管理されているか」
を見る必要があります。
「軟骨が再生します」とは言いません
僕は、幹細胞培養上清液について患者さんへ説明するとき、
「軟骨が再生します」
とは言いません。
現在の研究では、軟骨細胞や関節内環境への興味深い作用が報告されています。
しかし、それと、
「人の変形性股関節症で失われた軟骨が元通りになる」
ことは別です。
同じように、
「これを受ければ人工股関節にならない」
とも言えません。
僕たちが臨床で目指すとすれば、現時点では、
- 痛みを軽減できる可能性
- 股関節の動きを改善できる可能性
- 日常生活を少し楽にできる可能性
を検討する治療、と考える方が適切です。
エビデンスが十分でないなら、なぜ治療を行うのですか?
ここも当然出てくる質問だと思います。
僕は、
「新しい治療だから行う」
わけではありません。
また、
「再生医療だから手術より優れている」
とも考えていません。
変形性股関節症には、現在の標準的な保存療法を行っても痛みが残り、一方で、まだ人工股関節を希望していない患者さんもいます。
その間にある選択肢について、
現在分かっていること、まだ分かっていないこと、費用、リスク、代替治療をすべて説明したうえで、患者さん自身が希望するのであれば検討する。
それが自由診療として新しい治療を提供するときに大切な姿勢だと思っています。
股関節治療は、培養上清液から考えません
患者さんから、
「培養上清液を受けたいです」
と言われても、僕は最初に注射の話はしません。
まず診察します。
レントゲンを確認します。
必要ならMRIも確認します。
本当に股関節の中が痛みの原因なのかを考えます。
そして、これまでどのような治療を行ってきたのかを確認します。
そのうえで、
リハビリを見直す。
薬物療法を考える。
PRPを検討する。
幹細胞培養上清液を検討する。
そして、必要であれば手術について説明する。
最初に治療法を決めて患者さんを当てはめるのではなく、患者さんの状態を診てから治療法を選ぶ。
この順番が大切です。

もし自分の家族だったら、どう考えるか
もし自分の家族が、
「股関節が痛いから、幹細胞培養上清液を受けたい」
と言ったら、僕はこう説明します。
「面白い研究はたくさん出てきている」
「将来性はあると思う」
「でも、人の股関節で十分証明された治療ではない」
「軟骨が再生するとは約束できない」
「手術を必ず避けられるわけでもない」
そのうえで、
「今のあなたの股関節に、この治療を試す医学的な意味があるのかを一緒に考えよう」
と言います。
新しい治療だから、期待だけで選ばない。
エビデンスが少ないから、可能性をすべて否定するわけでもない。
分かっていることと、分からないことを両方見ながら判断する。
それが、僕が再生医療に向き合うときに大切にしている姿勢です。
「私の場合はどうですか?」という方へ
「PRPと培養上清液、どちらを考えればよい?」
「今の股関節の状態なら、まだ手術以外の選択肢はある?」
「培養上清液を試す医学的な意味はある?」
こうした疑問は、画像や症状によって答えが変わります。
当院では、まず股関節の状態を確認し、リハビリ・保存療法・PRP・幹細胞培養上清液・手術まで含めて治療選択肢を整理します。
「どの注射を受けるか」からではなく、「自分の股関節には何が必要か」から一緒に考えましょう。
幹細胞培養上清液のページ:https://abe-seikei-cli.com/exosome/
電話:0422-30-8080
よくある質問
Q1.幹細胞培養上清液は股関節症に効果がありますか?
基礎研究や動物研究では、炎症や軟骨細胞などへの作用が研究されています。一方、人の変形性股関節症に対する質の高い臨床データは現時点では限定的で、効果が確立した標準治療とは言えません。
Q2.幹細胞培養上清液で軟骨は再生しますか?
人の変形性股関節症で、失われた軟骨が正常な状態へ再生すると証明された治療ではありません。
Q3.研究では痛みに効果がありますか?
脂肪由来間葉系幹細胞のsecretomeを用いた動物研究などでは、痛みや炎症への作用が報告されています。ただし、動物研究の結果をそのまま人の股関節へ当てはめることはできません。
Q4.人に注射した研究はありますか?
変形性関節症に対する小規模な臨床研究が少しずつ報告されています。ただし、膝関節や異なる細胞由来の製剤による研究が中心で、股関節に対する十分なデータはまだありません。
Q5.股関節には何mL注射しますか?
当院では1回3mLを股関節内へ注射する方針です。ただし3mLが世界的に確立された最適量という意味ではなく、当院で使用する製剤と治療プロトコルに基づく投与量です。
Q6.何回受ければよいですか?
股関節に対する最適な回数や投与間隔は現時点では確立していません。患者さんの状態や治療後の経過を確認しながら考える必要があります。
Q7.人工股関節を避けられますか?
人工股関節を必ず避けられることを保証する治療ではありません。高度な変形や強い生活障害がある場合には、人工股関節が適切な治療になることがあります。
この記事の監修
阿部整形外科クリニック
院長 阿部 瑞洋
整形外科医・股関節専門医
股関節の診断、保存療法、運動器リハビリテーション、PRPなどの再生医療に取り組んでいます。「自分や家族ならどうするか」という視点を大切にし、新しい治療についてもメリットだけでなく、現時点で分かっていないことや限界を説明したうえで、患者さんと一緒に治療方針を考えることを大切にしています。
※本記事は一般的な医学情報を提供するものであり、個別の診断・治療効果を保証するものではありません。幹細胞培養上清液を用いる治療の有効性・安全性に関するヒト、特に股関節での臨床データは現時点では限定的です。
参考資料
- 厚生労働省「幹細胞培養上清液及びエクソソーム等を用いる医療について(周知)」
- Suteja RC, et al. In Vitro and In Vivo Potential of Human Stem Cell-Derived Conditioned Medium (Secretome) and Exosomes as a Novel Treatment for Osteoarthritis. 2025.
- Allogenic Umbilical Cord Mesenchymal Secretome for Knee Osteoarthritis: A Clinical Efficacy, Imaging and Safety Study. 2026.
- Secretome of human adipose-derived mesenchymal stem cell relieves pain and neuroinflammation independently of the route of administration in experimental osteoarthritis.


