今回お話しするのは、「幹細胞培養上清液」です。
最初に、とても大切なことをお伝えします。
幹細胞培養上清液は、幹細胞そのものを股関節へ注射する治療ではありません。
また、現時点では、変形性股関節症に対する有効性や長期的な安全性が確立した標準治療でもありません。
一方、基礎研究では、幹細胞が分泌するさまざまな物質が炎症や組織修復に関係する可能性が研究されており、新しい治療候補として注目されています。
当院でも、メリットだけを強調するのではなく、現在分かっていることと、まだ分かっていないことの両方を説明したうえで、治療選択肢の一つとして考えていきます。
この記事のポイント
- 幹細胞培養上清液には、生きた幹細胞そのものは含まれません
- 幹細胞が培養中に分泌したさまざまな物質を含む液体です
- PRPとは「原料」も「作り方」も異なります
- 変形性関節症に対する研究はありますが、人の股関節での臨床エビデンスはまだ限定的です
- 軟骨が元通りに再生することや、人工股関節を必ず避けられることを保証する治療ではありません
- 当院では股関節に1回3mLを関節内注射する方針です
- 治療法ありきではなく、その患者さんに適した治療かどうかを先に判断します
そもそも「幹細胞培養上清液」とは?
幹細胞を培養すると、その周囲の培養液の中へ、さまざまな物質が分泌されます。
幹細胞を培養した後、細胞そのものを取り除いた液体部分を、一般に「幹細胞培養上清液」や「conditioned medium」などと呼びます。
その中には、製造方法によって、成長因子、サイトカイン、タンパク質、細胞外小胞など、細胞から分泌されたさまざまな成分が含まれる可能性があります。
つまり、
幹細胞そのものを注射する治療ではなく、幹細胞が分泌した物質を含む液体を利用する治療
というのが大きな特徴です。
ここで注意してほしいのは、「幹細胞培養上清液」と「エクソソーム」は完全に同じ言葉ではないことです。
エクソソームなどの細胞外小胞は培養上清液に含まれる可能性がある成分の一つですが、培養上清液にはそれ以外にもさまざまな物質が含まれます。
なぜ関節治療で注目されているのでしょうか?
近年の研究では、幹細胞そのものが組織へ変化する作用だけでなく、幹細胞から分泌される物質が周囲の細胞へ影響する「パラクライン作用」が注目されています。
変形性関節症を対象とした基礎研究では、幹細胞由来のsecretomeや培養上清液について、
- 炎症反応への影響
- 軟骨細胞の生存や増殖への影響
- 組織修復過程への作用
- 関節内環境への影響
などが研究されています。
こうした研究結果を見ると、非常に期待したくなります。
しかし、ここで一度立ち止まる必要があります。
現在の研究の多くは、細胞実験や動物実験です。
「研究室で効果が確認された」ことと、「変形性股関節症の患者さんに注射すれば同じ効果が得られる」ことは同じではありません。
2025年に報告されたシステマティックレビューでも、変形性関節症に対する幹細胞由来secretomeには有望な基礎研究結果がある一方、人の関節での安全性・有効性について、さらに臨床研究が必要とされています。
PRPとは何が違うのでしょうか?
当院では、以前からPRP療法を行っています。
患者さんから最も多く聞かれるのが、
「PRPと幹細胞培養上清液は、何が違うのですか?」
という質問です。
大きな違いは「何を利用しているか」です。
| 項目 | PRP | 幹細胞培養上清液 |
|---|---|---|
| 主な由来 | 患者さん自身の血液 | 培養した幹細胞が分泌した物質を含む培養液 |
| 細胞そのもの | 血小板など血液由来成分を含む | 生きた幹細胞そのものを投与する治療ではない |
| 臨床研究 | 股関節症でも複数の臨床研究あり | 関節症では基礎・前臨床研究が中心で、ヒト股関節のデータは限定的 |
| 治療の位置づけ | 自由診療 | 自由診療 |
ここで、「ではPRPと培養上清液のどちらが優れているのですか?」と聞かれることがあります。
現時点では、股関節症に対して両者を直接比較し、どちらが優れていると結論づけられるだけの十分な臨床データはありません。
さらに、PRPについても股関節症では研究結果が一様ではありません。
したがって僕は、「新しい方が優れている」「高価な方が効く」という考え方では治療を選びません。

当院では、股関節へどのように行う予定ですか?
当院では、適応があると判断した患者さんに対して、幹細胞培養上清液を股関節内へ1回3mL注射する方針です。
股関節は体の深い位置にあるため、正確に関節内へ投与することが重要です。
ただし、「3mL」という量が、すべての患者さんに対する世界的な標準量や、科学的に確立された最適量という意味ではありません。
当院で使用する製剤と治療プロトコルに基づいた投与量です。
治療の前には、股関節の診察や画像評価を行い、まず痛みの原因を確認します。
股関節の外側の腱障害や、腰からの神経痛などが主な原因であれば、股関節内への注射が適切でない場合があります。
だからこそ、
「治療を受けたい」より先に、「何が痛みの原因なのか」を確認する。
この順番を大切にしています。
どんな患者さんに検討するのでしょうか?
現時点で、幹細胞培養上清液について「この条件なら必ず有効」という確立した適応基準があるわけではありません。
当院では、例えば、
- 変形性股関節症など股関節内に痛みの原因があると考えられる
- リハビリや薬物療法などを行っても症状が残っている
- 手術以外の治療選択肢について十分な説明を希望している
- 自由診療であることを理解している
- 現在のエビデンスと治療の限界を理解できている
といった点を確認したうえで、一緒に検討します。
反対に、
- 骨折
- 感染症
- 大腿骨頭壊死など別の治療戦略が優先される病態
- 高度な関節破壊があり人工股関節がより合理的と考えられる状態
などでは、培養上清液を先に行うことが最善とは限りません。
どんな効果を期待している治療なのでしょうか?
この治療で臨床的に目指すのは、主に、
- 痛みの軽減
- 動作や歩行機能の改善
- 日常生活の負担軽減
です。
しかし、非常に重要なので繰り返します。
「軟骨が再生する」と患者さんへ約束できる治療ではありません。
基礎研究では軟骨細胞や炎症に対するさまざまな作用が研究されています。
しかし、それをそのまま「人の股関節軟骨が元通りになる」と読み替えることはできません。
また、人工股関節の手術を必ず回避できる、あるいは病気の進行を確実に止められる、と保証することもできません。
現時点で大切なこと
幹細胞培養上清液は、新しい治療選択肢として研究が進んでいますが、変形性股関節症に対する標準治療として有効性・安全性が確立した治療ではありません。
「再生医療」という言葉だけで過度な期待を持たず、現在分かっていること・分かっていないことの両方を理解したうえで治療を検討することが大切です。
安全性について、何を知っておくべきでしょうか?
幹細胞培養上清液は「細胞そのものを投与しないから、必ず安全」という意味ではありません。
製品の品質は、細胞の由来、培養方法、製造工程、精製方法、保存方法などによって変わる可能性があります。
また、関節内注射そのものにも、
- 注射部位の痛み
- 一時的な症状の増悪
- 出血・内出血
- 腫れ
- 感染
などのリスクがあります。
厚生労働省も2024年7月、幹細胞培養上清液やその中に含まれる可能性のあるエクソソーム等を用いる医療について、安全性への十分な留意を求めています。
また、こうしたエクソソーム等について、有効性・安全性が示され、薬事承認を得て製造販売されている医薬品は現時点ではないことも周知されています。
新しい治療だからこそ、
「安全そうだから受ける」ではなく、どのような製剤を、どのような品質管理のもとで使用するのかを確認すること
が重要です。
PRPと幹細胞培養上清液、どちらを選べばいい?
僕は、この質問に診察前から答えることはできません。
なぜなら、治療法を選ぶ前に、
- 何が痛みの原因なのか
- 股関節症がどの程度進行しているのか
- これまでどの治療を行ったのか
- 何に困っているのか
- 何ができるようになりたいのか
- 手術適応はあるのか
を確認する必要があるからです。
PRPを選ぶ場合もあります。
幹細胞培養上清液を検討する場合もあります。
リハビリを見直すことが一番重要な場合もあります。
人工股関節を勧めた方が、その患者さんの人生にとって良い場合もあります。

もし、自分の家族から「培養上清液を受けたい」と言われたら
もし僕の家族から、
「新しい再生医療らしいから、幹細胞培養上清液を受けたい」
と言われたら、僕はすぐに「やろう」とは言いません。
反対に、「エビデンスが少ないから絶対にやめよう」とも言いません。
まず股関節を診ます。
痛みの原因を確認します。
レントゲンや必要な画像を確認します。
これまでの治療を聞きます。
そして、こう聞きます。
「痛みが減ったら、何ができるようになりたい?」
旅行へ行きたい。
仕事を続けたい。
ゴルフを再開したい。
孫と歩きたい。
その目標を達成するために、リハビリなのか、PRPなのか、培養上清液なのか、あるいは手術なのかを考えます。
治療を売るのではなく、その人に必要な治療を一緒に選ぶ。
これが僕たちの考える再生医療です。
「PRPと培養上清液、私はどちらが向いている?」という方へ
「リハビリを続けても股関節が痛い」
「手術以外の選択肢も知ってから決めたい」
「PRPと培養上清液の違いを自分の場合で聞きたい」
そのような段階からご相談いただいて構いません。
まず股関節の状態を確認し、保存療法、リハビリ、PRP、幹細胞培養上清液、必要な場合には手術まで含めて、選択肢を一緒に整理します。
「培養上清液を受けるか」ではなく、「自分に何が適しているか」を相談してください。
幹細胞培養上清液のページ:https://abe-seikei-cli.com/exosome/
電話:0422-30-8080
よくある質問
Q1.幹細胞培養上清液には幹細胞が入っているのですか?
幹細胞そのものを投与する治療ではありません。幹細胞を培養した際に周囲へ分泌されたさまざまな物質を含む培養液の上清部分を利用します。
Q2.エクソソームと幹細胞培養上清液は同じものですか?
完全に同じではありません。エクソソームなどの細胞外小胞は培養上清液に含まれる可能性のある成分の一つです。製品の製造方法や成分は製剤ごとに異なる可能性があります。
Q3.股関節にはどのくらい注射しますか?
当院では、股関節に対して1回3mLを関節内へ注射する方針です。これは当院で使用する製剤と治療プロトコルに基づく量であり、すべての製剤に共通する世界的な標準量という意味ではありません。
Q4.軟骨は再生しますか?
現在の臨床エビデンスから、人の変形性股関節症で傷んだ軟骨が正常な状態へ再生すると保証することはできません。基礎研究では軟骨や炎症に関するさまざまな作用が研究されています。
Q5.PRPと培養上清液では、どちらがよく効きますか?
股関節症について両者を直接比較し、どちらが優れていると結論づけられる十分な臨床データはありません。患者さんの状態や治療歴、希望などを踏まえて検討します。
Q6.培養上清液を受ければ人工股関節を避けられますか?
人工股関節を必ず避けられる治療ではありません。高度な関節変形や強い生活障害がある場合には、人工股関節が適切な治療になることがあります。
Q7.幹細胞培養上清液は保険診療ですか?
当院で行う幹細胞培養上清液を用いた治療は自由診療となります。治療内容、費用、リスクについて十分な説明を受けたうえで検討してください。
この記事の監修
阿部整形外科クリニック
院長 阿部 瑞洋
整形外科医・股関節専門医
股関節の診断、保存療法、運動器リハビリテーション、PRPなどの再生医療に取り組んでいます。「自分や家族ならどうするか」という視点を大切にし、必要な手術は適切に提案しながら、手術以外の選択肢がある患者さんには、それぞれのメリットだけでなく限界も説明し、一緒に治療方針を考えることを大切にしています。
※本記事は一般的な医学情報を提供するものであり、個別の治療効果を保証するものではありません。幹細胞培養上清液を用いる治療の有効性・安全性に関するヒトでの臨床データは現時点では限定的です。
参考資料
- 厚生労働省「幹細胞培養上清液及びエクソソーム等を用いる医療について(周知)」
- Suteja RC, et al. In Vitro and In Vivo Potential of Human Stem Cell-Derived Conditioned Medium (Secretome) and Exosomes as a Novel Treatment for Osteoarthritis. Clin Orthop Surg. 2025.
- Management of hip osteoarthritis: harnessing the potential of mesenchymal stem cells – a systematic review. 2024.
- Topaloglu M, et al. Effect of platelet-rich plasma injections versus placebo in patients with hip osteoarthritis. 2024.


